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東京地方裁判所 平成3年(ヲ)2407号 決定 1992年1月29日

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  申立の内容

本件は、売却のための保全処分(民事執行法五五条)を求める事件である。

申立人は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について抵当権を有し、その実行としての競売を平成三年一二月六日に申し立てた差押債権者である。

相手方は、本件土地を所有する株式会社共和の破産管財人であり、白和株式会社及びその代表取締役である白銀和夫と共同して、本件土地とその隣接地(東京都千代田区麹町三丁目二番一、同番二、同番一六。その所有者は白和株式会社である。)の上に共同ビル(鉄骨鉄筋コンクリート造地下二階地上一〇階建。以下「本件ビル」という。)を建築中である。

申立人は、次のように主張して、買受人が代金を納入するまでの間、本件ビルの建築工事の中止及び続行禁止を命じる決定を求めている。

(1)  申立人が本件土地について抵当権を取得した当時、本件土地は更地であり、申立人はこれを更地として評価して抵当権を取得したから、本件土地上に建物が建築されても、法定地上権は発生しない。

(2)  にもかかわらず、相手方は上記建築工事を続行しており、これを中止させなければ、本件ビルの収去費用は莫大なものとなって、現実にはその収去が極めて困難となる。

(3)  したがって、上記建築工事は「不動産の価格を著しく減少する行為」にあたる。

二  当裁判所の判断

当裁判所は、本件申立は理由がなく、却下すべきものと判断して、主文のとおり決定する。その判断の根拠は次のとおりである。

(1)  本件記録によれば、以下のアからカまでの事実が認められる。

ア  申立人は、平成元年一〇月二七日、本件土地に抵当権を取得したが、その当時、その所有者である株式会社共和は、本件土地のみの上にビルを建築することを予定していた。申立人は、そのビル建築の予定を承知のうえで融資し、抵当権を取得したものである。

イ  平成二年一月二五日に上記計画が変更され、本件土地の隣接地を白和株式会社が取得したうえで、その全体の上に共同で本件ビル(当初予定されていたものよりも規模の大きなもの)を建築することとなった。

ウ  そして、平成二年六月一日から工事が開始され、その後、地下部の工事(土留杭工事・場所打コンクリート杭(アースドリル杭)工事・掘削工事等)が中断なく施行された。

エ  平成二年一一月二六日、株式会社共和について和義開始の申立がなされたため、一二月中旬から工事が(保安工事を除いて)中断された。

オ  平成三年二月下旬から工事が再開され、その後は現在に至るまで、中断されることなく工事が行われている。地下部の工事は同年六月に、地上部鉄骨工事は同年八月に、それぞれ完了し、競売及び本件保全処分の申立のあった平成三年一二月六日ころには五階までのコンクリート打設が終了していた。同年一二月末日現在での残工事は、七階以上の部分のコンクリート打設、サッシ入れ及び内装であり、完成予定は平成四年六月から七月ころである。

(申立人は、和義開始の申立後、平成三年七月初めころまで工事は中断されていたと主張する。しかし本件記録によれば、同年六月ころまでは地下部の工事が行われていたものと認められ、外部からはそれが観察できないため、申立人が上記のように誤解したものと考えられる。)

カ  金額を基準とした工事完成割合を見ると、和義開始の申立のころ(平成二年一一月末)は11.5パーセント(二億一一〇〇万円)、競売及び本件保全処分の申立の直後である平成三年一二月末日ころは37.4パーセント(六億八八〇〇万円)であるが、これは内装費を含めた全体に対する割合であって、躯体部分のみに限って見ると、平成三年一二月末日現在の完成割合は七〇から八〇パーセント程度である。

(2)  以上の事実を前提として検討する。

抵当権の目的となった更地上に建物を建築することは、特にこれを禁止する特約等がない限り、通常は土地所有者が自由になしうることである。しかし、債務者の信用状態が悪化し、債権回収のため債権者がいつでも抵当権を実行できる状態となった後は、所有者が土地を利用する利益よりも、抵当権者が抵当権を実行して土地の交換価値を実現する利益を優先すべきである。したがって、上記の状態が生じた後に更地に建物の建築を開始することは、民事執行法五五条一項の「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当し、その建築の禁止や建物の収去等の保全処分を命ずべき場合があるものというべきである。

本件において、債務者である株式会社共和の信用状態悪化の微表となるのは、平成二年一一月二六日の和義開始の申立である。本件ビルの建築工事は、その約六カ月も前である平成二年六月一日に開始された。そして、和義開始の申立の時点までに既に約二億円の工事費が投下されていた。またその後も、短期間の中断をはさんで工事が続行され、保全処分の申立までにさらに五億円弱の工事費が投じられている。

そうすると、現在は抵当権の実行段階にあって、担保物件の交換価値の実現を優先すべき状態にあることは事実であるが、本件のように債務者の信用状態が悪化する相当前に開始され、しかも現在までに上記のように多額の資金が投じられた工事について、その中止及び続行禁止を命じることは、抵当権と利用権の調整の観点から見て許されないものである。

(裁判官村上正敏)

別紙当事者目録

債権者 株式会社住宅ローンサービス

代表者代表取締役 浅野寛雄

右代理人弁護士 尾﨑昭夫

同 額田洋一

同 川上泰三

同 新保義隆

債務者兼所有者 破産者株式会社共和

破産管財人弁護士 松井元一

債務者兼所有者 破産者株式会社共和

破産管財人弁護士 原田一英

別紙物件目録

(1) 所在 東京都千代田区麹町三丁目

地番 二番一四

地目 宅地

地積 40.49m2

(2) 所在 東京都千代田区麹町三丁目

地番 二番一五

地目 宅地

地積 225.75m2

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